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記録:蔵人

詩森氏より、まずは本日のワークに入る前に、昨日のもう一つの企画【宮本研を読む!】および【栗原康トークイベント】について、昨日イベントを見学した参加者とシェアをした。

作品の中で扱われている、アナーキストや大逆事件の知識を役者が知ることの重要性、さらにブレヒトの演劇論に触れた。

詩森氏が以前、水俣を扱った作品を上演する際に若い俳優たちをつれて水俣へ一緒に勉強に行ったが、その時の俳優たちが震災が起こった時にしっかりした発言をしているのを聞き、水俣での体験を通して、人間のベースができたんだなと感じ、劇団をやるというのは責任があるんだなと思ったというお話があったが、個人的には民衆演劇との関連が感じられ、興味深く、敢えて言うのもなんだが、今回の研修で扱っている二つの作品同士のつながりが具体的に何か見えてきたかなという印象であった。

そしてワーク。

リーディング発表のキャスティングをし、方言の発音に関してはかなり良くなってきているので、さらに意識の流れと解釈を考えてみようとの詩森氏からのアドバイスをもとに、それぞれシーン毎のチームに分かれ稽古をした。
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稽古後、参加者で改めて読んでみると、初日に読んだ時に比べて、ぐぐっと生き生きとしたモノに変わった。

最後に今回のワークショップについて、参加者からフィードバック。

「以前、この戯曲を読んでいた時には分からなかった面白さが今回のワークショップを通して面白さが見えてきた」、「言葉が思考に及ぼす影響というのがこれだけ大きいということが分かった」、「研究者など様々な意見を聞くことによって視野が広がった」等、参加者それぞれに、それぞれのいろいろ得るものがあったようだ。


そして、今回のワークショップそのものが、様々な目的や背景を持つ参加者が集まったこともあり、民衆演劇とのつながりを感じさせる回になったように、私には思われた。

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記録:平野智子

「宮本研を読む!」の研修が始まった。初日ということで、川口部長からセミナーの主旨と2日間の研修の進め方、最終日の発表についての説明があり、それぞれの配役が発表された。

出演者の自己紹介のあと、いよいよリーディング。冒頭を読み、続いてディスカッション。大逆事件を想起するための仕掛けや、芝居が書かれた60年代の世相とのリンクが指摘される。具体的には、ト書きにある「天上から吊されたロープと先端の輪」は絞首刑にあった12人の象徴、政治的な歌を歌って歌本を配る演歌師は60年代当時の新宿フォークゲリラと重なっている。

話が盛り上がり、初日の読みは1幕2場で終了。劇作家&演出家が役を演じるというだけでも興味深いが、なかでもルパシカ(小山内薫)役の篠本賢一さんの熱演が光った。それに対して「自然という言葉をあんなに不自然に言う人をはじめて聞いた」という篠原久美子さんのコメントが秀逸だった。

19時からは、アナキズム研究者・栗原康氏によるトークイベント。

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日本の元祖アナーキストは一遍上人ということで、踊り念仏の話から。「既存の教え・正義に縛られるな」という考え方が「踊ることで自分の役割(職業)をぶち壊す」になったそうだ。

「水滸伝」の義賊の話を経て、次はモーセの「出エジプト記」について。大杉の民衆芸術論に入る前に、「民衆」の定義の確認。いわく、奴隷だったヘブライ人が支配のない場所を求めて逃げ出し、「民衆・民」が生まれた。

と、ここまでで45分が経過。で、駆け足で、大杉の話になるのだが、平たく言うと、ロマン・ロランの民衆芸術論を日常の中に落とし込んだのが大杉。正論や既存の価値観に従うのをやめようと。ブルジョワに従って工場で働くこと、夫に従って妻の役割を果たすこと、あらゆる社会で同じ構造になっているから、やりたくないことを放棄して立ち上がろうと呼びかけたそうだ。

その後の質疑応答も含めて、終始、栗原さん独特の喋りが展開された。あまりに生き生きした大杉栄像で、まるで劇画漫画の主人公を見ているようだった。

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記録:黒澤世莉

本日より宮本研の研修が並行して行われるため、午前から夕方までの開催となった秋浜悟史研修。朝は作家、演出家として、題材とどう向かい合うか、取材の重要性についての対話からスタートした。作家にとっても取材は欠かせないが、演出家にとってはなおさらだろうと思う。作家の書いた物語を現前させるためには、作家の書いたものだけでなく、その周辺の情報を含め、書物を読むだけにとどまらず、実際の現地に趣き五感で感じる必要があることは自明のことだろう。対話を通してそのことを再認識した。


昨日詩森さんから参加者の関西出身者にオーダーがあった、「リンゴの秋」一部抜粋の「関西弁への翻訳」を配布し、音読してもらった。南部弁(詩森さんがこう書かれているので今後は南部弁で統一する)の感覚とは全く違う物語が現れて驚いた。例えてみれば、南部弁ではモーツアルトだったものが、関西弁だとベートーベンになるといった感じであろうか。論理的には同じ情報なのだが、印象としては「やわらかいもの」が「はげしいもの」になったという受け取り方になった。


それから南部弁での練習に一度戻ってみる。グループワークで練習をして、ふたたび発表をする。一日でどのグループも明確に南部弁が上達している。音に慣れる、耳が慣れる、口が慣れるというのはこういうことかと確認できた。詩森さんからさらに細かいアドバイスが入る。

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その後、模造紙を各チームに配布し、ふせんに「南部弁の印象」「標準語の印象」を書いていくワークをする。マトリクスは「動的←→静的」「高温←→低温」。チームによって同じ印象にはならなかったことが面白かった。おそらく、出身地によっても感じ取り方の違いがあるのだろうと思う。わたしは東京生まれ東京育ちなので、標準語の印象に冷たさがある、という感想は理解できつつも、実感としては感じていない。自分の生まれ育った頃から聞いている言語が、親しみ深さを感じさせるのだろうか、と考えた。


最後に、最終日のリーディング発表についての方針が決められる。南部弁全編と、抜粋の関西弁と標準語をリーディングすることとなった。


個人的には、方言を聞いていることが好きで心地いいので、とても楽しいワークショップだなあと感じている。

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